不即不離.

 
 
 
「政宗殿ぉー!」
 
 
遠くからでも十二分に聞こえるその声に笑みがこぼれるのは、
他に期待する節があるからだろうか。
 
 
「むっ、片倉殿!」
「こんにちは幸村様…殿に御用ですか?」
「ぅ、うむっ!」
 
 
どこから自力で走ってきたのか苦しそうに肩を上下させていたその方は
少し恥ずかしそうに頬を染めて元気よく頷いてみせた。
その仕草につられて微笑んでしまう。
今この方の纏う雰囲気は本当に心地よい。
まるで、身のうちにある幸福が抑えきれず溢れ出しているようだ。
 
殿のもとへ一刻も早く促そうと声を掛けようとした時、幸村様が何かに気づいた。
その顔は、いっそうに明るくなる。
 
 
「政宗殿っ!」
 
 
そして弾んだ声でそう言った。
 
幸村様の視線を追うと、殿…伊達政宗様が目に入る。
呼びかけに片手を大きく振ってこちらに向かって来られるところだった。
殿がこちらへ辿り着くのが待ちきれなかったのか
幸村様は、大砲のように駆け寄って行ってしまった。
 
その光景もまた可笑しく、つい顔がほころぶ。
 
戦も終わりに向かう最中、
共に生きると誓い合い、確かめ合ったあのお二人は
今誰よりも強く、儚く
…そして幸福なのだろう。
 
 
「…御守りしなくては……」
「自分を置いてでも…ってのは、やめてくれよ?片倉の旦那」
 
 
わずかに呟いたというのに相変わらず油断ならない忍だ…。
近くにあった大木から音もなく私の後ろを取ったその男、
幸村様の従者である猿飛佐助。
 
彼は言わば私と同じ立場にある。
…こう言っては何だが苦労人仲間という訳で、
主同士の因果の飛び火か、それなりに親しい間柄。
 
 
「私はあの方を守る為に生きているんですよ猿飛さん」
 
 
己の身を置いて主を守るだのと言うなと
忍らしからぬ発言に振り返りそう返すと、物憂げな表情が見えた。
 
 
「主の為ってのは俺も同じだけどさ…あんたは忍じゃないだろ?」
「…忍でなくとも主に忠誠を誓っているのは同じです」
「そうじゃなくて、俺が言いたいのは…
「小十郎!」
「佐助!」
 
 
前方から同時に聞こえた呼び声に、会話は打ち消されてしまった。
声のするほうに振り返り応答すると
後方からは小さく息をつく気配がした。
 
"行くぞ"と我々を促す主たちに、
やれやれといった様子で私を追い越して行くその人は
途中、こちらを見返って言った。
 
 
「あんまり無理するなよ」
 
 
困ったような呆れたようなそんな表情で。
どうにか反論しようかとも思ったが、上手く言葉が出てこず
仕様がなくそのままその背中を追った。
 
 
 
* * * * * * * * * *
 
 
 
すっかり日が落ちてしまった今。
広間に行ってみると仲良く眠りこけている殿と幸村様。
呆れるやら微笑ましいやらで溜め息が漏れた。
このまま風邪を召されてはいけないと思い、お二方を起こそうと部屋に踏み入ると
後ろから、まったく忍ぶ様子のない忍の気配。
 
 
「やれやれ…旦那も旦那だけど、独眼竜の旦那も旦那だねぇ…」
「そうですね」
「あれ、怒んないの」
「それに関しては私も同意見ですから」
 
 
心底呆れた様子の言葉に同意すると、意外だというように言われてしまった。
無防備に眠っているお二方を見ていると和やかな気持ちになり笑みが零れる。
 
 
「ふ〜ん…」
「…何ですか?」
 
 
突然まじまじと視線を下ろしてこられ、
自分から発せられた声はいつもより少し低くなった。
 
 
「俺やっぱ…あんたの笑ってる顔、好きだわ」
 
 
苦笑しつつ発せられたその言葉に
冷え切っていた身体が一気に火照ってくる。
 
 
「そういうことは意中の娘にでも仰って下さい!」
 
 
心なしか語尾が上がった叱咤は逆効果となってしまい
くっくと喉を鳴らして笑われてしまう。
笑わないで下さいと言うと、ごめんと言いつつ腹を抱えている。
 
 
「いい加減にして下さい佐助殿!」
「佐助でいいって言ってんのに」
 
 
さん付けだと思えば猿飛さんだしさーと軽い口調で愚痴を零され、
悪くもないのに何故か少しの罪悪感があった。
 
 
「そう言ってる貴方も私のことは名で呼ばないでしょう…」
 
 
お互い様ですよと付け足すと、困ったように頭をかいた。
 
 
「――さてと…旦那たちに布団の一枚でも持ってきてやりますかね」
 
 
そう言うとザッと消えてしまった。
…布団をどこから持ってくる気だろうか…。
少しの疑問を抱えつつ、とりあえず世話焼きな彼の帰りを待つことにした。
本当はお二方とも起こそうと思っていたのだが…まあ仕方ない。
 
 
「何か用か小十郎」
「殿…起きてらしたんですか」
「ああ…さっき寝惚けたアイツに力いっぱい抱きつかれてな…」
 
 
死ぬかと思ったと、大きく伸びをし言う様子は口ぶりとは裏腹に嬉しそうだ。
 
 
「…にしても冷えるな今日は」
「ええ本当に」
「部屋に篭るか…」
「あの、今布団を
「布団?…ンなモンいらねえよ」
「ん…まさむね、どの…?」
「ああ、いいから寝てろ幸村」
 
 
言いながら幸村様を姫抱きして去って行こうとする殿に焦ってしまう。
佐助殿が布団を取りに行っている節を伝えると、
両手がふさがっているため、足で襖を開けようとしていた殿が振り返る。
そしてニヤっと口の片端を上げたかと思うと
 
 
「寒い時には人肌だろうが」
 
 
どことなく自慢気にそう言い残し行ってしまわれた。
 
 
「…とのことですよ佐助殿」
「相変わらずだねぇ独眼竜の旦那は…」
 
 
どこから持ってきたのか
暖かそうな…
少し見覚えのある気がする布団を抱えて現れたその人は深く息を吐いた。
 
 
「どうしよっかこれ」
「元の場所に戻せばいいでしょう」
「忍使いの荒いこって」
「…私も一緒に行きますよ」
 
 
なにかと愚図るので仕方なく一緒に行くことにした。
…広間の片付けはまた明日にでもしよう。
 
 
 
廊下を進む背中を無言で追う。
音も無く廊下を歩くさまは、流石は忍と思わせるものだった。
廊下は庭に面しているためとても冷える。
風が吹くたび身震いしてしまっていけない。
 
しばらく進むと、彼はある一室の前で足を止めた。
…気のせいでなければ…そこは私の部屋だ。
 
 
「………あの…?」
「ここから持ってきたからさ、コレ」
 
 
意地の悪い笑みを浮かべているように見えるのは気のせいか…。
 
 
「…まさかとは思いますけど、この部屋が誰の部屋かご存知で…?」
「あんたの部屋だろ?」
「………はぁ…」
 
 
やはりあの笑みに感じた違和感は、気のせいではなかったようだ。
肩を落とす私に、違った?との軽い問いかけ。
その問いに、いいえとだけ答え、
部屋の襖を心なしかいつもより荒々しく開けた。
 
 
 
* * * * * * * * * *
 
 
 
………何故こんなことに…。
 
 
「寒いときには人肌とは、独眼竜の旦那もたまにはいいこと言うよホント」
「天井裏は寒いでしょうからね」
 
 
半ばヤケになり発した一言に返ってくるのはいつもの苦笑。
 
 
 
あの後、余分な布団だけ片付けようと
布団を持ち上げ押入れの前に来たところ
突然、足払いを掛けられて後ろに布団ごとひっくり返ってしまった。
 
しかしそこに畳の痛さはなく、代わりに妙な暖かさがあった。
体勢を変えることも出来ず、
そのまま首を上に向けて見えたのは、してやったりな笑み。
 
文句を言う気力も失せるその笑顔に、ただただ呆れた。
 
起き上がろうとしても
上手い具合に抱きすくめられているため敵わない。
しばらく奮闘してみたものの
後ろから拘束されてることもあって無駄な足掻きに終わった。
 
何も言わずに、動かずに、
私を抱きしめるその腕に強く力が入る。だが苦しくはない。
むしろ、よくよく落ち着いてみると心地よい。
背中に感じる体温と、微かに耳につく心臓の脈打つ音、
夜風が部屋に舞い込むと、その暖かさは尚いっそう強まった。
 
どれだけそうしていただろうか、強い風が舞い込み私はハッとし
慌ててその心地よさから逃れた。
 
それから何の会話も無く布団を一人分敷き終わったときのこと。
 
 
「一緒に寝たりしない?」
 
 
耳を疑った。
刻々と続く静寂を破った言葉にしては何とも言えないものだ。
 
何故いつまでも柱にもたれかかっているのか、
何故いつものように天井裏に退散しないのかと疑問に思ってはいたが
まさかそんな理由とは…。
 
とりあえず抗議をしてみたものの、やはり無駄だった結果
一人分の狭い布団に、
いい歳をした大人が二人、身を共にしている。
…なんて不自然極まりない現状だろうか。
 
暖かいことには暖かいが…やはりそう慣れるものではない。
 
…せめてこの体勢をどうにかしたいものだ。
背を向けられれば変に意識せずに済むのではないだろうか…。
 
 
「やっぱり狭いな…」
「なら放してくださいよ」
「それは駄目」
 
 
そう言ったと思うと背中に回った腕にいっそう力を入れてきた。
今日の彼は何だかおかしい…
いつもはこれほど…積極的という言い方が適切かわからないが
とにかく一歩二歩距離を置くような接し方だったはずだ。
 
 
「………今日はどうしたんです?」
 
 
彼の腕の中で声を発すると、
音と共に出る息の行き所が無く自分の顔に返ってきて少し気持ち悪かった。
 
私の問いかけに、さあねと一言漏らし腕の力を緩める彼。
少しの開放感に何故だか息が詰まる。
目線だけ上に向けると、迂闊にも眼があってしまった。
 
私はこの困ったような彼の笑顔がとても好きだ。
 
その笑顔に同じ微笑みで返すと、
また彼の腕に力が入り暖かさが返ってくる。
 
 
「…旦那たちに、あてられたかな」
「では、そういうことにしておきます」
 
 
冗談めかして言う彼に、今度はこちらが苦笑を返した。
 
『おやすみなさい佐助さん』と零すと、
彼は驚いたように息を漏らした。
 






               了.

▼戯言
裏に続く。(ウソ吐くな)
『不即不離』というのは『付かず離れず』という意味です。
一応ね…これがテーマというか軸みたいなモノだったんですけどね…。
結果は見ての通り、です よ。
さり気に(?)甘いダテサナも入れてと言われたので入れましたがどうでしょうか。

サイトに展示済みのサスコSSでした!