「ここは野外ですよ…!?」 我ながら素っ頓狂な声が出たと感じたが 今はそんなことを気にしている場合ではない。 私こと片倉小十郎景綱は只今、 森の中で、とある男に組み敷かれている。 つい先程まで穏やかに、あくまで和やかに言葉を交わしていたはずだった。 それが何故このような状況になってしまったのか。 残念ながらその答えを持っているのは私ではない。 今私を当たり前のように組み敷いている彼だ。 もはや敵でも味方でもないその男は、木漏れ日を背に やんわりとした表情で私を覗き込んでいる。 「…聞いてます?」 「聞いてる聞いてる」 彼の腕の力が弱まったことで少し落ち着き、問いかけてみると やはり軽く受け流すような口調で適当にあしらわれてしまった。 「なら早く退いて下さい!」 「それは無理ー」 「なにっ…ん、やめ……」 声を荒げての抵抗も、いつものようにさらりとかわされてしまい その軽口に苛立っている暇もなく、着物の中に手を入れられる。 ひやりとした感覚が全身を走った。 別に彼の手が冷たいわけではないのだが、 着物で保温された肌に外からの接触は鳥肌が立ちそうだ。 「相変わらずイイ声してる〜」 …本日何度目の軽口だろうか。 これほどからかわれてしまえば、私でなくとも不機嫌になるだろう。 我慢するのも馬鹿らしく思えてきたので 「いい加減にして下さい」と突き飛ばしてしまおうと思い、口を開けたのだが…。 「っいい加減にし…っ…」 最後まで言い終わらないうちに口を塞がれてしまった。あろうことか唇で。 思いもよらない不意打ちを食らって思考が停止しかけたが ここで硬直してしまっては何をされるかわかったものではない。 何か打開策はないかと探している場合でもないようで、 口内に、粘つくような彼の舌先が侵入してくる。 息苦しい。身体が火照る。顔が熱い。 …頭がおかしくなりそうだ。 だが私も男だ。 ここで負けるわけにはいかない。 瞳の奥にじんわりと水分を感じたが、なんとかそれを堪えて彼から逃れる。 「………っはぁ、はっ……猿飛殿!」 無理に押し付けられた唇を引き剥がすと 私は今までの息苦しさを忘れようと懸命に息を吸い込んだ。 息を整えることも煩わしく彼の名を叫ぶと、あろうことか返ってきたのは溜め息。 「佐助でいいって何回言えばわかるかねぇ…」 「だからそれはお互い様で…ってどこに手を入れて…!」 油断がならないにも程がある。 気だるそうに応答しながらも、その手はちゃっかり私の着物の中に潜り込んでいる。 胸元から侵入した手は着々と際どい箇所へと近付いていく。 「止めて下さい!」 全力で引き剥がそうと両腕に力を込めるがビクともしない。 力はある方だという自負も容易く打ち壊してくれる。 無性に腹が立つが、何を言っても無駄と言わんばかりに その手はまたも私の着物に侵入してきた。 「堅いこと言わないでさぁ…いつもやってることじゃ」 「ここは野外です!」 酔っているかのような彼の言葉を遮り、同じ主張を繰り返した。 さっきから声を荒げている所為か、喉の奥が痺れる。 咳き込もうとすると、眼前に真剣な顔が映った。 「…屋敷でやるワケにもいかないでしょうが」 「それはそうですけど…って、違います!そういう問題ではなくて」 珍しく真面目に言葉を漏らす彼に危うく頷きそうになってしまった。 流されそうになる自分を思いなおし、また反論に出ると そこに見えたのは先程とは違う真面目な顔だった。 「敵同士が逢い引きしてちゃマズいってこと?」 敵同士。 彼の低音で発せられたその言葉に胸が痛んだ。 ほんの少しの痛みだが、 それは手に棘が刺さった時のようにじんわりと、確実に全身に広がっていく。 この時ほど、今の自分を呪ったことはない。 何故この時代に、何故この立場に生まれてきたのか。 何故彼と敵対しなければいけないのか。 …何故、彼と出逢ってしまったのか。 「それは…そう、ですけど…」 言えない。 どれだけ今を呪っても現状は変わらないし こんな弱みを彼に見せたいとも思わなかった。 喉の渇きを感じながらも返すと、やはり翳った表情が見えて…。 「悪い。今のなしだったな」 「猿飛殿…」 目に見えて辛そうな表情で謝罪するその人に私はとっさにその名を呟いた。 申し訳ないという念か、諦めの念か… とにかくその名を紡ぐことで、少し互いの気が晴れるような 晴らせるような気がしたのだ。 空を背に見える彼の表情。 何か伝えようと口を開きかけたが止めてしまった。 私はそれが気になり問いかけようとしたが、 意地の悪い笑みと動作に遮られる。 「ってことで、いただきます」 言いながら、しばらく外気に晒していた手を またも懐に入れてくる。 「何がどういうことですか!だから野外では」 「外じゃなかったらいいってこと?」 懐に入れた手をそのままに 口の端を吊り上げ、ふざけた笑みを浮かべてくる。 少し体重の掛かった胸が苦しい。 子供のような屁理屈を諭そうと口を開けば大げさな声に遮られる。 「おっ、あんな所に掘っ建て小屋はっけーん」 身体が軽くなったと思ったと同時に声がした。 さすがは忍と言ったところか、 近くに構えていた木の上にいつの間にか、その姿が見えた。 腰に手を当て、片手を日よけにして遠くを見つめている。 その早すぎる行動についていけず唖然としていると 今度は身体が宙に浮いた。 「はい小十郎さん行きますよ〜?」 「え、ちょ…」 両腕で軽々と私を抱き上げて走り出すその人にやはりついて行けず戸惑うが そんなことはお構いなしと言った様に木々という木々を、 まるで獣のように飛び移っては走る彼の腕の中で風を感じた。 吹雪の音に似たモノを聴覚で捉えると同じに、鼓動が聞こえる。 「休みなんてそうそう貰えるモンじゃないんだしさ。 …二人でゆっくりしようぜ」 鼓動に顔を上げると、彼は視線を前に向けたまま ゆっくりとそう言った。 耳には彼の鼓動が、より一層に響く。 その鼓動が何より辛く、そして嬉しく思った。 このまま連れ去られるのも悪くないかもしれない。 一瞬でもそう思った愚かな自分と、 そんな私に胸を高鳴らせている愚かな彼に、思わず微笑した。 「勝手にして下さい」 言ってしまったと後悔したが、 彼のなんとも穏やかな表情の前では、そんな後悔も霧と化す。 「仰せの通りに」 それが私の前だけに表れる表情だと自惚れてもいいだろうか。 願わくば…この風の中での幸福が、霧と化さぬように。 |